今年は7年に一度の善光寺御開帳の年

善光寺本堂に安置されているご本尊「一光三尊阿弥陀如来」は白雉5年(654年)以来の秘仏、
そのお姿は誰も見たものはいないといわれています。
その後、鎌倉時代にご本尊の御身代わりとして前立本尊(まえだちほんぞん)が造られ拝される様に
なりました。 ※前立とはご本尊に代わって立つと言う意味です。
前立本尊はひとつの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ。
普段は御宝庫に安置されていますが、七年に一度の御開帳の時だけ特別にお姿を拝する事が叶います。
中央の阿弥陀如来の右手に結ばれた金糸は五色の糸に変わり白い善の綱として本堂前の回向柱に結ばれます。
その回向柱に触れる事は前立本尊に触れるのと同じ事、ここに有難い結縁が生まれその功徳ははかり知れません。
約2ヶ月間に亘る御開帳期間中はハイライトとなる中日庭儀大法要や大獅子奉納、屋台巡行等、さまざまな公式
行事、奉納行事で境内や表参道は華やかに彩られます。

本堂前に建てられた回向柱 回向柱に触れる人々

平日の小雨の降るあいにくの天気にもかかわらずこの人手。ここは昔から全国の老若男女がお参りに来る参道である。
さすが善光寺だと感心する。仲見世通りには土産店群がずらりと並び、大勢の参詣客で参道商店街もにぎわっています。

 御開帳期間中の行事
お数珠頂戴 法要を勤める導師(大勧進貫主、大本願上人)が本堂を往復する際、石畳の参道に参拝者がひざ
まづき列をつくる。そして導師が近づくと頭を下げて数珠で撫でて頂き功徳を授けられる。
これを「お数珠頂戴」と言います。
内陣参拝 回向柱に触れ、七年に一度姿を現す前立本尊と結縁したら、出来るだけ間近で手を合わせたい。
畳が敷かれた内陣で参拝するには「御開帳特別参拝券・大人500円」が必要になる。
本堂正面右側の階段を上がって内陣に入り手を合わせる。この参拝券は「お戒壇めぐり」「経蔵・
資料館参拝」もセットになっているので、内陣参拝を終えて本堂外に出て順路を進むと、お戒壇め
ぐりが出来る。
御印文頂戴 ご本尊と同じ功徳がこめられた三つの判。この判を額に押して貰うと極楽行きが保証されると言う
御印文頂戴は通常は正月しか行われないが、御開帳期間中は特別に授けられる。
本堂正面左側の階段を上がって頂戴する。
中日庭儀大法要
4月25日〜5月9日
(11:00〜14:00)
御開帳で最も重要な法要とされるのが、期間中の中日前後に行う「中日庭儀大法要」大回向柱の
前と本堂内で営む。本堂回廊からは蓮の花びらをかたどった「散華(さんげ)」が撒かれ華やかな
雰囲気に包まれる。
屋台巡行
5月24日
市民も参加して御開帳の終盤を盛り上げるのが善光寺とも縁の深い弥栄神社のご祭礼「祇園祭」
華やかな屋台が中央通りや善光寺山門前を練り歩き獅子舞や奉納舞踊を披露する。

境内のあちこちに記念品の販売コーナーが儲けられ、買い求める人達であふれている。

小雨の平日にもかかわらず、大勢の人々がご利益にあやかろうと、回向柱に触れる順番町の長い列ができています。

善光寺をお参りしたら別所の北向き観音もお参りししましょう!
信州最古の温泉といわれる別所温泉に有る北向観音には「千手観音」が安置されているが
本堂は珍しく北向きに建てられている。いつの頃からか、向き合う様に南面して建つ
善光寺で極楽往生を願い、北面する北向観音で、千の慈手で救いを差し伸べる千手観音に
現世利益を祈願しなければ片参りになると言われる様になったそうです。
菅平高原は善光寺と北向き観音の中間点で便利です。
==北向き観音の紹介サイト==

善光寺縁起
ご本尊の誕生は、仏教の故郷天竺(インド)での事、月蓋長者が阿弥陀如来によって一人娘の如是姫の
病気を治して貰った事を喜び、その姿を像にして祀っていたが、朝鮮半島の百済を経て欽明天皇13年
(552年)日本に仏教が伝来した時に共にもたらされたと言われている。
その後、排仏派の物部氏によって難波の堀に捨てられたが信濃の住人、本田善光により信濃に運ばれ、
皇極天皇元年(642年)現在の地に遷座されたとされる。「遠くとも一度は詣れ善光寺」と言われる善光寺
は昔から極楽往生を願い老若男女が集う庶民に愛された寺。
かって女人禁制の寺が多かった時代も善光寺詣りに限っては女性の参詣者も安心して旅が出来たと言わ
れています。又、寺内には天台宗と浄土宗の寺が同居しており、宗派にこだわらない開放的な性格と懐の
深さも人気の理由と言えそうです。


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